〜Archive 季節便り 2013〜

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February 2013

外は寒く凍てついているので、暖かい室内から出ずに過ごすことの多い日々です。

窓から眺める景色も、車で移動中に見る風景も茶系統と白ばかりの世界です。

私は、昨年まで冬は東京に戻っていましたが、この冬から通年軽井沢で過ごすことにしました。

東京の街中に居ると季節感のない色彩が溢れているので解りにくいのですが、軽井沢は季節の色がはっきりしています。

私は、自身の内側にいつもある色と、外側の色彩を分けて意識しています。
それは室内に使っている色と、屋外にあってたえず変化する多様な色彩に重なります。

仕事場の室内は白、オフホワイトや薄いベージュにしていますが、
冬の間避寒の為に過ごすマンションにはダークブラウンとベージュを使いました。

絵を描いている時に、フッと気付くことですが、白や薄いベージュ色を塗った時は「私の好きな色」という感覚が一瞬よぎります。

そして濃茶の絵具をパレットに絞り出す時には「私の色」と感じるのです。

早く暗くなるこの季節は、絵を描ける時間も短くなり、夜インテリア雑誌を手に取ることが多くなります。
地中海の海沿いにある別荘の室内にペイントされた明るいブルーやペパーミントを見つけると羨ましくなり…。

こんな色塗ってみようかと、室内の壁を見廻したりするのですが、やはりこれは“よそのひと”の部屋です。

自然の色彩が鮮やかに復活する春を待ちわびています。

不二子


April 2013

今年は軽井沢も例年より雪が多く寒い冬でした
樹も草もみんな冬眠してしまう長い冬の間
私は緑が恋しくて 春がまた来るのを待ち焦がれ…

原っぱがまた緑になったら その中を歩き廻っていろいろな草を摘み集めて 大きな絵を描きたいと毎日思い続けていました

ハーブの鉢を作ることも妄想しました

白い小さな鉢にハーブの苗を寄せ植えして いろいろな形の小さな葉っぱが鉢から溢れ出すように モサモサしたら「キット素敵!」

キッチンの窓辺に置いたり テーブルの上に移してみたりして楽しんだら「どうかしら?」

白い鉢に 水色のリボンを描いて「KITCHEN HERBS」の文字も入れてみたい…

そして そうだ もうひとつ 黄緑色のリボンを描いた鉢も作ってそこには 小さな花やピンクの花が咲く苺の苗などを入れて

その鉢には「SMALL MIRACLE」は「どうかしら?」

私の空想は軽井沢の遅い春を待たずに 現実の緑になりました

不二子

浅科グリーンマーケット→http://www.asashina-greenmarket.com/

いつも ガーデンの花を採らせてくれる 浅科グリーンマーケットの彼女に話したところ
彼女が私の妄想を共有してくれ 早速温室に種を蒔き 苗が育ちました


June 2013

荒々しい天候に船酔いしそうな日々ですがいかがお過ごしでしょうか
春 桜前線のニュースが流れはじめると 春の遅い軽井沢はいつ開花するのかと待ち焦がれはじめます

桜が描ける日は 一年の間でたった数日間なので それを待つ時間は気持ちが落ち着きません
近くの街 上田市はもう花見が終わったと聞いて いよいよ次は とテンションが上がってしまっているのに 季節はずれと云う寒い日が続き 桜の蕾は止まってしまいました

暖かい日を 三日 四日と苛立ちながら待っていたら 血圧が上がってしまい 常時降圧剤を服用しているのに最高血圧が180を越えて下がりません
「困った…」と思いはじめて 気付きました

「これを描こう!」と待ち構えていること その事そのものが「絵描きとして大きな間違いである」

私の内側にある眼を 水を張ったガラスの器のようにして そこに映り込んで来たものを素直に描けるようにならなければ…と解ったのです

学生の頃 デッサンの指導をして頂いた先生に「気に入った箇所が描けたら すぐ そこを消しなさい」と云われた そのひと言を思い出しました

創作と呼ばれる仕事に従事出来ていることを幸せと感じているのなら 過去の経験に縛られることなく“今の時間”だけを大切にしなければと あらためて思いました

「今年 桜が描けなくても良いや…」と気持ちが離れてしまっていたら「今日 桜採れるよ!」と突然云われ その日採って来て描きはじめました 
そうしたらその夜大雪になり 満開の桜に雪が積もるという珍しい景色を眺めることになりました

今号の写真は孫が撮ったものです

バンコックの高校を卒業して大学進学が決まったので 一ヶ月間 私の所に遊びに来ました

6月に入り彼女は 新しい場所で新しい経験を重ねはじめているでしょう
私も この豊かな季節の中で 新しいものになって新しい“なにか”に巡り合いたいものです

不二子
PHOTO : Lertpanyanuch 麻衣


August 2013

暑中お見舞い申しあげます

今日も野原で採って来た草花を大きく描きました
もう20年 毎年休みなく個展を続けているけれど 私には なにか進歩している と云えることがあるのでしょうか…

今年も去年と同じように暑くなり 同じ時期に同じような花が咲いて…
なんの変わりもない季節が巡って来ているようにも思います

去年と今年 私の内側は どこが同じでどこが変わっているのでしょう…
描いた絵は どう違っているのでしょう…
そして 私は 何を表現しようとして描き続けているのでしょうか?

「いま何時? ア 早く仕事始めなくちゃ…」

「エ もう12時なの お昼御飯にしなくっちゃ…」

「アー 早く描き上げないと 夕方になっちゃう…」

「ソウダ 明日はどうしても この花描かないと散ってしまう…」そして「早く寝ないと明日がつらい」夜中目が覚めると すぐ時計を眺め「ナンダ まだ2時半か…」

時計に追いかけられて走っているような または時間が車窓に映る景色のように あまりにも早く過去へと飛び去って行くのか…

描く草花を探して 車で走り廻っている時や 描きたい草を見つけて 車を止めて採ってもらっている時 
そしてそれを手に入れた時 いつも6才頃の私になっているとある日急に気付きました

6才の私は 時計が読めなかったし 時間という感覚もまだ持ち合わせていなかったのです

今年の個展案内状に入れる 短い文章が出来ました

「今 何時?」「早くしないと時間に間に合わない…」
時計が忘れられないひとの日常
でも そのすぐ背後には とても広い時計のない世界が広がっていて…

そこに生きた 木や花の ある一瞬を見て頂きたいと思います

wandering in a timeless forgotten land… full of flowers and trees

不二子


October 2013

どこか遠くへ行きたい…

とても遠い国の景色を眺めてワクワクしたい…

行ったことのない場所 違う言葉で話している人たちが住んでいるところに行きたい…

ロンドンやパリのような都会ではなく舗装していない径を歩いて 生垣や道端の枝や草を見て廻り 「ワッ キレイ」と感嘆したい…

遠いところに 強く憧れながら 軽井沢周辺のよく知っている場所で…

でも違う道を走りながら描きたいと感じる 「ワッ キレイ」の草花を探しています

今年は北欧の家庭で使われて来た古い器を手に入れました

例えばスウェーデンのひとがニシンの塩漬けに使っていた甕(カメ)が素敵で それに草花を活けて描いたりして見たのです

結局 飛行機に乗って異国に行きたいのではなく ただただどことも云えない遠いところを夢想し 
現実の日常から心だけは飛び立って 当てのない旅をしているのかもしれません

10月の丸善個展会場にこの北欧から来た壺などを持って行こうと思っています

不二子

PHOTO : YANO NAOTAKA

1.ニシン壺 スウェーデン製 1900s
スウェーデン南西部のエンゲルホルム地方では良質な粘土が産出しスウェーデンの食卓を飾るニシンの保存のための壺が数多く作られました。赤茶色の土は、スウェーデンの特徴的な色合いです。
2.シルバープレートのワインクーラー SWEDEN製 1930s
北欧3ヵ国の中で最もエレガントなデザインをしたのがスウェディッシュグレース(スウェーデン的優美)と呼ばれて評価されたスウェーデンデザインです。シンプルな造形のなかにも気品のあるデザインが銀の持つ素材感と融合しました。
3.銅製ジョウロ SWEDEN製 1940s
多いときで世界の銅産出量の2/3を占めたスウェーデンには銅や真鍮などの美しい金属製生活道具が作られました。機能的で牧歌的な農村道具です。
4.ニシン壺 SWEDEN製 1900s
ホガナス、エンゲルホルム地方で制作されたニシン壺です。スウェーデン南部の家庭で長い間愛され続けてきた伝統的な器です。
5.ニシン壺 SWEDEN製 1930s
機能性と実用性を兼ね備えたシンプルなデザインを作り続けるホガナス社のロゴにはこの壺のマークが使われています。1800年代からデンマークやノルウェーに輸出される重要な産業でした。
6.乾燥パン入れ SWEDEN製 1900s
スウェーデンのパンといえば、「クネッケ・ブルード」です。固く丸いパンで、バイキング時代から保存食として用いられていた生活に深く根付いた食品でありそのパンを収納するための100年前の木の容器です。
7.銅製バケツ SWEDEN製 1930s
銅には微生物の発生を抑える殺菌作用があることから鍋や食器などに昔から多く使われてきました。素材の特質とフォルムが見事に調和した道具です。
8.水差し、保存壺 SWEDEN製 1950s
壺内の温度調整の為に内側と外側の半分だけに釉薬を掛けたプリミティブなデザインが味わい深い壺です。
9.花瓶 SWEDEN製BODA社 1960s
スウェーデンのガラスデザイナー、エリック ホグランのデザインした花瓶です。クレタ島の骨董や南米のフォークアートを融合させた作風で北欧のデザイン賞で最も権威のあるルニング賞を57年に受賞。98年没

輸入元 : NATUR軽井沢 www.sunagadesign.com


December 2013

妹が 母の遺品を整理していて

私に宛てた祖父母からの手紙を見つけました

私の記憶にはない手紙を 70年経って読みました

戦争中 逗子(神奈川県)から茨城県下への疎開 そして戦後東京に戻って狭い住まいを何回も転居したことを憶えています

その間 母は どんな思いで この手紙を残して置いたのでしょう

瓦を3枚立てて カマドを作り そこで拾い集めたたき木を使って食事を作っていた母を考えると よくこの手紙を“火つけ”に使わなかったと思うのです

もう一通のハガキは疎開先で通った中学の校長先生からのものです
長年暮らしに追われていた私が やっと ひと息ついて 中学の友達に連絡をしたことから 思いがけず頂いた大切なお便りです
学校でこの先生のポートレートを描いた時
「目元 口元に濃い色の線を入れると 良くなるよ」と云われたことを
今でも 絵を描いている時に思い出します

手紙全文をページ下方に掲出しています

私は重傷の喘息患者ですが 20才の時からずっと診てくださっていた喘息専門の先生も

「不二子ちゃんは天才!きっと良い絵描きになるから…」

と長い間 励まし続けてくださっていたのに

今年8月 90才を越えて亡くなられました

祖母に遅くなった返事を書きます
「おバアサマ 不二子は 79才目前の今も絵を描くことが中心の毎日を送っています
このように 精進していれば いまに上手な絵描きになれるのでしょうか…
どうぞ これからも お力添えくださいませ  不二子」

不二子

PHOTO : YANO NAOTAKA

<手紙全文>

◆祖父からの手紙(父宛の手紙)  〈昭和15年11月(不二子5才)〉
不二子の画を見て其の進歩たるに感心した。
画人が巧みに筆を弄びたる画よりはその無邪気にしてその趣味の素朴に存ずる点(?)唯感嘆の外無く…

◆祖母からの手紙(表書きも不二子宛)  〈昭和17年6月(不二子7才)〉
不二子のおてがみうけとりました。
おジイさんもおバアさんもまた四郎さんも信子さんもみなよみました。
いくどもよみました。
そのおてがみはよくわかって 不二子の心のたんぱくできれいで
すこしのかざりけのないのにかんしんしました。
なんときれいな不二子さんでしょう。
つぎに二枚の画をみました。このごろはなかなかおじょうずになりましたのにみんなかんしんしました。
まいにち画は ひとつでもふたつでも ちゅういしてかいてごらんなさい
だんだんじょうずになります。
だんだんあつくなりますからはまべをさんぽして からだをじょうぶになさい。
はまべのくうきはきれいですからけんこうになります。
けんこうはだいいちの親への孝であります わすれてはなりません。
おとうさま おかあさまはたっといおかたですから神さまのようにつかえねばなりません。
たけおさんはなかなかかわいくなりました。またおすもうさんのようにふとってなかなかつよくみえます。
おおきくなればすぐれたひとにきっとなりましょう。
不二子さんはおねーさんだからかあいがっておあげなさい。

◆疎開先の中学校の先生からのハガキ  〈平成9年〉
井沼で別れたきり会っていませんね
あなたが井沼を出た翌年の年賀状を覚えています
葉書全面を黒く染めて雪が盛んに降っている真ん中に貴女が大きく描かれていました。
年賀状としては型破りで大人には描けない しかも驚くほど美しい一枚の絵画でした。
半世紀も過ぎた今でもはっきりと覚えていますよ
お話したいことがあり過ぎてどうしよう、又  九十五才老