〜Archive 季節便り 2024〜
January 2024
枯れた草を ドサッと頂きました
その中に ギボウシの葉が沢山あり 一瞬驚きました
緑色のウチワの様な葉はよく知っているのに 枯れた時にこんな立体的な形になるなんて…
まったく知らず考えた事もなかったのです
活けて見たら迫力があり 描き上げた時はとてもうれしくなりました
ところが その絵を見た息子は「オドロオドロしくて気持ちが悪い もうやめてくれ…」
「もっとソフトで優しい絵の方がひとに喜ばれるから もう少し柔らかく描いた方が良いよ…」 「……」
私は内心「コンチクショウメ!もっと強く描いてやるぞ!」となりました
私は5才頃から「もっと ひとの意見を聞くひとになったら上達も早いし得するのに あんたは強情張りだから損をしている」と
母によく注意されていたのに…
こんな長年経った今もひとつも変われないでいるのです
でもその私に このギボウシの枯葉を採り集めて置き 他の枯れ物達と一緒にワザワザ届けてくださる方がいらっしゃるという事は
本当に有難くうれしい限りです
ギボウシの葉は乾ききっていて 手で握ったらパリパリと毀れてしまいます
2024年はどんな植物達に会えるのか…
とても楽しみです
不二子
February 2024
何かに追いかけられる様な
気分で
次々と絵を描いていて
描く材料が無いと
落ち着かなくなります
幼少期の私は
まだ弟や妹も居なく
大人達だけの家だったので
友達と遊ぶことも知らず
道で男の子達を見かけると「怖い!」と思っていました
10代後半は
喘息の発作がひどく
いつも一人ぼっちだったので
公衆電話をジーッと見て電話をかける相手がいる人は羨ましいと感じた記憶があります
その後はずっと
友達に恵まれて来ました
が 今は 不便な所に住み「チョットお茶しに行く」も「ウインドウショッピングに行こうか」もありません
昨日 知人から“ローズマリー”の枝を頂いたので今朝はこれを描き始めます
一日中一緒に居て
ベッドも一緒に寝るゴン(柴犬)とは無言でも会話することが出来ます
絵を描くことも無言の会話のように感じ その時間を楽しんでいるのでしょう
雪が降ったり 消えたり また降ったり と不安定が日々ですが 今朝は晴天です
不二子
1月元旦に突然起こった地震で辛い思いをしていらっしゃる方々は各地にいらっしゃると存じます
私は富山市にある印刷会社にお世話になっていますが ここも機材が壊れるなど大きな被害が出ました
富山市から近い西田美術館で去年「薬草を集めて」という個展をさせて頂きました
「今年も」というお話を頂いていたのに ここも被害が大きく美術館は休館となり再開の予定もまだ立たないとのことです
我が家の近くは 次ぎ次ぎと樹々が伐採され下草達も居なくなって 新しい家々が建ち続けています
ホテルまで出来る予定です
この場所に永い間生き続けて来た樹々が倒されてゆくのをただ眺めているのも辛いことです
私達人間の歴史より古くから続いているのかもしれない植物達の命の多くをこんなに消し去り続けても良いのでしょうか?
地震が起こることは仕方が無いけれど私達はもっと自然を尊重し自然の中に生きる植物に対し謙虚になるべきなのでは と感じます
不二子
April 2024
《誰かが悲嘆(なげ)いていた 美しい杜(もり)が消滅(き)えるのをAh… 自分が居ない世の中 思い遺るような人間(ひと)であれと…》
(サザンオールスターズ 作詞・作曲:桑田佳祐)
この歌を偶然聞き 忘れられなくなりました
私の住まいの近くでは 毎日の様にどこかで樹を切る音が聞こえ 道を車で走っていると
「アッ ここも林が消えてしまった!」と知るのです
農家のお年寄りが嘆くのを聞きました
「自分が畑が出来なくなっても誰かにその畑を続けてほしい」 将来食料危機が来ることが無い様に「畑を続けて欲しい」
でも彼の息子は「自分は農業をやる気は無いから土地は売ってお金にして欲しい…」父親は仕方なく畑を手放し そこは分譲地になりました
私の子供時代 太平洋戦争になり 食べる者がどんどん無くなって行き
大豆の搾り滓(しぼりかす)を食べた幼い弟は下痢が止まらなくなり それより下の妹達は脚に腫瘍が幾つも出来ました
子供達に食べさせてしまい自分の食べるものが無かった母は「部屋の掃除も出来ない…」と云って出来る限り横になっていました
サザンの歌は続きます
《地球が病んで 未来を憂う時代に身近な場所で何が起こってるのだ? 分かり易い言葉で どなたか教えてくれませんか?》
不二子
雨から雪 晴天から急に雪 その翌朝にはかなりの積雪…桜の便りが届き始めてうれしくなっていたら またひどい寒波が来て…
こんな日々で私の気分は“ウツウツ”として考えることも消極的,悲観的になっていました
昨日「菜の花とショカツサイ」を高崎(群馬県)に行った方から頂き天然物の画材に飢えていた私は すぐに描きはじめました
この花達は広く続く原っぱで突然切られて活けられるという悲惨な運命に会いながら でも“生き生き”としています
私達人間の歴史より古くから 種をつないで来たかもしれないこの菜の花達に対し
私は小さく恥ずかしい存在のように感じながら描き続けました
この花々を見ていると鎌倉に住んでいた頃を身近かに憶い出します
菜の花の種は風に乗ったり車のタイヤに付いたりして どんどん新しい場所を自分達の土地にして行きます
でも これは私達が土地を自分の所有物とする行為とはまったく違い 自然破壊ではなく自然を美しく保つ仕事です
4月 新しい場所で新鮮な生活を始める若い人達に「良い事」が沢山ありますように
不二子
June 2024
先日 知人に「最近絵がうまくなりましたね」と言われ内心「これは少々マズイナ」と思いました
高校一年生の夏休みが終わった時 私が入っていた美術クラブの生徒の作品が学校の廊下に飾られました
その中に私の絵は見当たらず 同級生の友人が描いた油絵の「ヒマワリ」が見事な仕上がりで「すごい!」と感じ ジッと眺めていました
その時 後ろで誰かが「舟橋さんの絵の方が上手なのに どうして先生は舟田さん(私の旧姓)の絵を図書館に飾ったんだろう?」
急いで階段を駆けあがりました 図書室の正面に額装した私の「妹達」の絵が飾ってありました
3才位の妹が下の妹1才を抱いてエンコしています
上の妹の着物は茶色 下の妹は赤 両方とも無地の着物で 床には畳が無くムシロを敷いていたのですが
そこは見栄を張って黄色にし黒で畳の縁まで描きました
クレパスで描いた絵です
着物の色は柄を省略したのでは無く有り合わせの生地で母が縫ったものでした
現在は毎日絵を描き続けているので「旨くなりたい」と感じてしまうことがあります
この誘惑を忘れ今の自分の内面を見ることに集中しなければと思い直します
6月20日 不二子
「絵って何んだろう?… 発表された絵はどんな働きをするのだろう?」
「次ぎ次ぎ描きたくなるのは何故?」… 私は最近は眠っている時 夢の中でも絵ばかり描いています
「自分自身の存在を確認し肯定する作業か?」
「それとも こんなに美しいものが作れるという自己満足の為か?」…問い続けます
今 樹々は一年のうち一番美しい新緑の季節です
この緑を観て美しいと感じるのは彼らが発出する“気”の力だと思うのです
以前「野バラ」を描いた大きな絵を老人施設が引き受けてくれたことがあります
寝たきりの方々が過ごす広い部屋の真ん中に立つ柱にその絵は掲げてあり
その野バラが澄んだ空気を出し続けているのを見たことを急に思い出しました
クヨクヨせずに自然の美しさを明日も描きたいと思い直したりもします
不二子
August 2024
今年に入って2月頃 急にオレンジ色と紫の配色が気になりだしました 花屋さんでオレンジ色のバラを買い それに合わせる紫色を探し…
そのシリーズを描き続けて満足したのですが 春 画廊オープンにそれらを飾ろうとしたらスタッフから
「これらは秋冬の色ですから春には…」と難色を示され「そうかあー」と気付き それらは倉庫にまだ眠っています
ところが オレンジ系と紫への執着は消えることなく 現在まで続き 頭の中に浮かぶのはそれらの色達ばかりです
紫は色調の範囲が広く 濃紫から薄いブルーか紫かという色まで多様な表情を見せてくれるので飽きることがありません
ミカンやレモンなどの実は小さい頃は濃い緑色なのに熟す季節になると明るいオレンジやレモンイエローになるのは「ナゼ?」…
そう云えば濃い黄色も描きたい色の仲間に入っていると気付きました
初めて経験する酷暑の毎日ですが 涼しい色の絵を描きたいとは感じていません
来春はどんな色彩に取り付かれるのでしょうか…
8月19日 不二子
今 家の庭や近くで沢山見かけるのが〝ノリウツギ〟や〝ミナヅキ〟など小さい粒々の両性花と
その周りに白く目立っている装飾花達です
この白い花は 花では無く虫などの目を引く為のものと知ったら
自然に生きて来た植物達の 不思議で底知れなく奥深い世界に迷い込んで行く様な感覚になります
それではあのブルーが美しい〝アジサイ〟の両性花はどこにあるの?と気付いて調べてみたら
これは〝ガクアジサイ〟から人の手で作り出されたものと知りました
以前鉢植えのアジサイを買って来て絵を描き それを庭に植えて置いたらそれが今年ガクアジサイになっています
「旨く戻れて良かったネ」と思いました
先日 初めて見る〝イワガラミ〟を頂きました
これはこれまで沢山描いて来た装飾花とはまったく違う
白い装飾花のガク一片がたった一枚しかない しかも葉っぱを小さくしたような形のものです
つる性で大きな木に絡んでいるとのことですが かなり高くなりそうな様子です
アジサイの古いご先祖様なのでしょうか?
この奥深く とてつもなく大きな自然を描いていると その先がまったく予想することも出来ません
不二子