軽井沢だより

 

 庭には 次ぎ次ぎ花が咲き とても忙しい季節の真最中・・・・絵を描いていて疲れると寝椅子に転がります 一日のうちに何回も それを繰り返します Teddy BearのWinちゃんはずっと寝椅子で私を待っていてくれるのです 「肩が痛い、背中が痛いよう」と云いながら まずCDプレーヤーのボタンを押し 寝転びながら Winを抱えます 

 寝転んで見る窓の景色は 空と樹々だけが横に広がり 肩は痛くても 幸せな休息時間です

 

 


 私が4歳の頃 両親と一緒に ホテルの食事に招かれて出掛けた時のこと 私の席に大きなこげ茶のクマが座っていました 父が「頂いて良いんだよ」と云ったので そのクマを抱いて帰りましたが スイス人夫妻からのプレゼントだったので 直接私に「あげる」とも云われず 私も「ありがとう」も云えず・・・・

 その事がいつまでも気持ちの中に引っかかったまま 高校二年になるまで そのクマと毎晩一緒に眠りました 

 私は外であった辛いこと いじめられた事など 親に話したことは無かったので それらのことは クマのKenが すべてを吸い取るように聞いてくれていました でも高校二年の春 喘息がひどくなり Kenの毛も気管に悪いのではと云われ 私はKenを庭に埋葬してしまいました Kenを失ってから 本格的な「苦しい時」が始まり そしてその「暗闇の時」は随分長い間続きました

 今 一緒にいるWinは 10数年前 スイスのWinterthurという街に 半年間滞在して そこで絵を描いていた時に会ったクマです

 鎌倉の留守宅で 嫌なことが起き それを家族から長距離電話で聞かされると 夜眠れなくなります 仕事を順調に進めるためには 規則的な生活を毎日続けなければと思い込んでいるので それはとても辛いことでした 何とか気持ちを立て直さなければ と迷った挙句 クマを買いました 一万円以上するクマは私には高価すぎる と考えましたが やはり欲しい と思ったのです

 友人の孫娘さんが ペルーの中学に入学した と聞いた時 ペルーについて何も知識が無いので「暗黒の地ペルーから来たクマ・・・」というパディントン物語の最初のフレーズが頭に浮かびました The Darkest Peru・・・って何だろう・・・とWinを抱えながら考えていたら 突然 このペルーってペルーという国名というより 未知なる暗黒 という感じではないかしら?と思いつきました 私の心 奥底にある闇 またはパディントン駅に象徴される ケンソウの日常 そこに闇の底からピュッとTeddy's Bearの形を持って現れた「無垢なるもの」・・・

  ルーズベルト大統領(愛称Teddy)が友人と狩に行った時 撃つことが出来なかった子グマTeddy's Bear、パディントンBear、Ken、それから私と一緒にいてくれた犬のチョコ、そして今ここにいるWin・・・

  暗闇を抱えながら生きているひと達の無垢な美しさへの憧れが それに寄り添うクマをTeddy's Bearにするのでしょう

  私が 毎日 絵を描き続けていられるのは この「無垢な美しいもの」を見たい または自分自身の内側に取り込みたい・・・という切実な感情によるものなのかもしれません

 「IL DIVO」を聴きながら Winを抱えてチョット昼寝でもしようかなあ・・・(7月1日)



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更新:2007年7月1日

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