11月12日から17日まで渋谷文化村での個展には、とてもたくさんの方々にご来場頂きました。ありがとうございます。様々な思いや哀しみを抱えている方々にお会いし、絵の力や働きについて知る機会となりました。会期終わりに近い午後、群馬県からいらしたという方が、私が出した個展案内状の封筒を持って話しかけてこられました。

 「この案内状は、時田篤史が頂いたものですが、どこで私の息子をお知りになりましたか?」
 「申し訳ございませんが、お名前は存知上げて居りません。きっと以前、私の個展をご覧になって、お名前をお書きになったのでは?」
 「息子は今年2月、23歳でビルから転落して亡くなりました。どうして案内状を頂くようになったのかを知りたくて、参りました。」・・・「息子は旅が好きだったので、墓石に『旅人』と刻み、白い花も好きだったので百合の花も彫ってもらいました。息子は、私にこの絵を見せたかったのかもしれませんね。」

 今回出展した中で一番大きいのは「山百合」を描いた絵で入り口の所に飾ってありました。


 最終日の午後、二人の青年が勢いよく会場に入ってきました。一人の胸には銀色のペンダント、もう一人の指には銀の太い指輪...ペンダントの彼は、すぐUターンして出て行ってしまいました。残された指輪の彼は、小さいのに重いトランクを私のそばに「ここに置いても良いですか?」  

 時田篤志君も、こんな風に入って来られたのかなぁー。でも、彼は美容師だったとお母さんは言っていらしたけど... もしかして、この重いトランクの中には、彫金の道具が入っているのかしら?

 私の三男は、彫金の学校に行っていて、さっき出て行った彼のペンダントのような作品を作っていました。そして今日11月17日は、彼が21歳で亡くなってしまった日なのです。

 絵を観終わった彼に、「あなた彫金をやっているの?」
 「いや、僕は陶芸です。有田焼をやってます。」
 「これから宮崎に帰るのですが、友人がこの展覧会を観て行け、と言って連れて来てくれました。」
 「じゃあ、あなたの作品、見せて!」
 来春、軽井沢にあるギャラリー青に、彼の作品を展示してもらう約束をしました。どこかで、川路庸山(かわじようざん)君の陶磁器をご覧になりましたら、応援してください。

 みなさま、どうぞ良い年をお迎えになりますように。

(12月1日)

 



《今月のチョコ》



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更新:2003年12月3日

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