いちばん古い美しい色についての思い出は、戦前、スイスから船便で届いた飴です。スイスの国旗は、赤地に白い十字ですが、その飴も赤丸の中に白いクロスでした。今までに見たこともなかった美しい色を口に入れて食べて、大満足しました。
次は、やはり戦前のこと。逗子海岸わきにあったなぎさホテルのランチに出た深紅色のビーツの酢漬け。こんなにすばらしい食物があったのかと驚きました。
その次は、飢えていた戦時中の思い出です。逗子の家の近く、よそのお宅の庭にとても大きな桑の木がありました。その桑に登って食べた桑の実。友だちとお互いに口をアーンと大きく開けて、深紅に染まった口の中をのぞいて自分も美しい色に変身したような気分を味わいました。幼い子供にとって美しい色を口に入れる、そして食べてしまう、ということは大人の想像を越える喜びだと今でも信じています。
戦後は、美しい色を楽しんで食べるということもない時期が長かったので、この頃の記憶を何回も何回も反芻して楽しみました。
色水作りも好きな遊びでした。きれいな花や実を集めて、すりつぶして水を注ぎ、ハンカチで絞ってガラスビンに移す…。きれいな花が茶色い水になってしまったり、美しい色水ができたり…。
軽井沢のスーパーではビーツが安く手に入ります。ビーツは、黒っぽいほど深い紅の大きなカブのような野菜です。これをへた付き、丸のまま茹でて、鍋のままさまし、暖かいぐらいになったら手をつっこんでビーツを握り、ツルー、ツルーと皮をむきます。バラ色になった色水から引き上げたビーツは、1cm位
の輪切りにして酢とオリーブオイル漬けにします。ビーツのピクルスを作った手は、美しいバラ色に染まり、子供の頃の満足を思い出させてくれます。