|
私は逗子(神奈川県)の海岸近くで育ちました。
その頃の思い出は子供であることによる劣等感に満ちた暗いものです。でも その暗い林の奥には キラキラと光る場所があって そこには深い感動があったという記憶だけは鮮明に残っています。私はいつも またあの場所に戻りたいと思っているのです。
あの遠い場所は広い野原です。 リンゴが入っていた古い木箱が置いてあります。私は野の花を摘んでジャムの空きビンに活け 箱のテーブルの上に置きます。ビン
はアマリリス印で アマリリスの花が一輪描いてあります。美しくとても気に入って いたものです。花の脇に土で作ったケーキをのせたお皿を置きます。ケーキの
周りに葉っぱと花びらを飾り 白い砂を白砂糖のようにかけます。私はこのテーブ ルの美しさに深く感動したことを何度となく思い出すのです。
Ohioに住む娘にこの事を話したら 「そうなのよね。あれは感動するのよね。」と いう思わぬ返事があり 私の記憶にまた新しい光が射し込みました。 娘は鎌倉(神奈川県)の山の斜面にある分譲地育ちです。彼女が小さかった頃はまだ広い野原が
ありました。摘んだ小花を握りしめて帰ってくると 泥だらけの手で空きビンに水を
いれてその花を飾ります。花はみんなダランとして下を向いてしまいます。でも次の日になると庭石の上のビンの花は みなまっすぐに立っていました。置き忘れ
られたビンの小花の映像が今私の中にハッキリと見えます。 それは娘や息子達 が子供だった時 みんなが家に居た'あの濃密な時'へのなつかしさの象徴です。
透明なガラスと水に射し込む弱い光りのキラキラは'過ぎた時'と'今'をつなぐ 大切な手がかりです。
水彩素描画家として▼
|